睡眠トラッカーは効果があるのか ― 数値との正しい付き合い方
「スマートウォッチの睡眠スコアが低くて、朝から気分が沈みます」「深い睡眠が1時間もないと表示されるのですが、大丈夫でしょうか」。ここ数年、セッションの雑談でこうした相談が目に見えて増えました。腕時計型やリング型のトラッカー、スマホの睡眠アプリが広まり、誰でも自分の眠りを数字で見られる時代になったからです。
先に結論をお伝えすると、睡眠トラッカーは「眠りを良くする道具」ではなく、「眠りの傾向を見える化して、行動を直すきっかけにする道具」です。測れることと測れないことをはっきり分けたうえで、見る数字を3つに絞れば、身体づくりの強い味方になります。逆に、毎朝のスコアに一喜一憂する使い方をすると、数字のせいで眠れなくなるという本末転倒が起こります。
この記事では、トラッカーが実際に何を測っているのか、種類ごとの特徴と選び方、私が指導で見ている3つの数字、トレーニングする人ならではの使い方、数字に振り回されないためのルール、そしてトラッカーを使わずに見える化する方法までをまとめます。9月も終わり、寝苦しかった夏が去って朝晩がぐっと涼しくなり、眠りの質が1年でいちばん変わりやすい時期です。自分の眠りを見直すには、ちょうどいいタイミングだと思います。
睡眠トラッカーは何を測っているのか ― 分かること・分からないこと
測っているのは「眠り」ではなく「身体の動きと心拍」
まず知っておいてほしいのは、腕時計型もリング型も、脳の状態を直接測っているわけではないという点です。手首や指に当てたセンサーで、身体の動き、心拍数と心拍の揺らぎ、皮膚温、機種によっては血中酸素などを記録し、そのパターンから「いま眠っているか」「眠りが深いか浅いか」を推定しています。医療機関で行う検査のように脳波や眼球の動きを取っているわけではないので、あくまで推定値です。
推定である以上、得意なことと苦手なことがはっきり分かれます。ざっくり言えば、「いつ寝て、いつ起きたか」は得意で、「どのくらい深く眠れたか」は苦手です。
指標ごとの信頼度の目安
| 指標 | 信頼度の目安 | 使い方 |
|---|---|---|
| 就寝時刻・起床時刻 | 高い(数分〜十数分のずれ) | 生活リズムのばらつきを見る |
| 総睡眠時間 | 比較的高い(布団にいた時間より少し短く出やすい) | 週平均で足りているかを見る |
| 中途覚醒の回数・時間 | 中程度(じっとしていると「眠っている」と判定されやすい) | 極端に多い日の原因探しに使う |
| 睡眠ステージ(深い・浅い・レム) | 参考程度(機種や日によって大きくぶれる) | 単日の数字は見ない |
| 安静時心拍数・心拍変動 | 傾向を見るには有用 | 疲労・体調・飲酒の影響を見る |
| 睡眠スコア | 各社独自の計算式 | 他の機種や他人とは比べない |
表のとおり、「深い睡眠が1時間しかなかった」という数字にショックを受ける必要はありません。深い睡眠の判定は機種によってかなり違い、同じ夜でも2つの機器で結果が食い違うことは珍しくないといわれています。眠りの土台となる生活リズムの整え方は筋肉は寝ている間につくられる ― 睡眠の質を上げる7つの習慣で書いたとおりで、トラッカーはその習慣が守れているかを客観的に映す鏡だと考えてください。
睡眠トラッカーの種類と選び方
「どれを買えばいいですか」という質問も多いので、種類ごとの特徴を整理します。
| 種類 | 特徴 | 向いている人 |
|---|---|---|
| 腕時計型(スマートウォッチ・バンド) | 日中の活動量や心拍も一緒に取れる。充電のタイミングに悩みやすい | 運動の記録もまとめて管理したい人 |
| リング型 | 軽く、寝るときに邪魔になりにくい。画面がなく通知に邪魔されない | 寝るときに腕時計が気になる人、睡眠中心に見たい人 |
| マット・ベッドサイド型 | 身に着けずに済み、装着忘れがない。ベッド以外では測れない | 装着そのものがストレスな人 |
| スマホアプリ単体 | 無料で始められる。枕元に置く必要があり精度は低め | まず試したい人、いびきや寝言を記録したい人 |
選ぶときの基準は、「毎晩つけ続けられるか」の一点です。精度の高い機種でも、充電を忘れて週に2日データが抜けるなら、傾向を見るという本来の目的が果たせません。私が勧めているのは、①充電の頻度と時間、②寝るときの違和感、③日中のデータも欲しいかどうか、の3つで決めることです。すでにスマートウォッチを持っている方は、新しく買う前にそれで睡眠を記録してみてください。それで十分なことがほとんどです。
私が見ている数字は3つだけ ― 見るべき指標と、見なくていい指標
トラッカーは10種類以上の数字を出してきますが、全部を見る必要はありません。指導している方には、次の3つだけを週1回チェックしてもらっています。
① 就寝・起床時刻のばらつき
いちばん重視している数字です。平日は0時就寝・6時半起床、週末は2時就寝・10時起床、というように曜日で2時間以上ずれている方は、平均睡眠時間が足りていても月曜の調子が悪くなります。目安は、起床時刻のずれを週の中で1時間以内、多くても2時間以内に収めること。就寝時刻より先に起床時刻を固定するのがいちばん効きます。
② 総睡眠時間の週平均
単日の数字ではなく、7日間の平均で見ます。厚生労働省の健康づくりのための睡眠ガイド2023では、成人は6時間以上を目安に必要な睡眠時間を確保することが勧められています。トレーニングで身体を追い込んでいる方には、私は7時間前後を目標にしてもらっています。週平均が6時間を切る週が続いているなら、トレーニングのメニューを見直す前に、まず寝る時間を30分早めるほうが効果があります。
③ 安静時心拍数の傾向
毎朝の心拍数そのものではなく、「自分のいつもの値」から上がっているかどうかを見ます。飲酒した翌朝、脚の日の翌朝、風邪のひき始めなどは、普段より5〜10拍ほど高く出ることがよくあります。これが数日続くときは、身体が回復しきれていないサインとして扱い、その週のトレーニング強度を落とす判断材料にしています。
見なくていい数字 ― 睡眠ステージの割合とスコアの上下
「深い睡眠が全体の何%か」「レム睡眠が何分か」は、前述のとおり推定のぶれが大きく、しかも自分の意思で直接コントロールできる数字ではありません。眠る時間と起きる時間、寝る前の行動を整えた結果としてついてくるものです。スコアも同じで、80点が75点になったからといって、身体で何かが起きたわけではないことがほとんどです。見るなら「1か月前の平均と比べてどうか」だけで十分です。
トレーニングする人のトラッカー活用法 ― 自分の身体で「実験」する
トラッカーのいちばん面白い使い方は、自分の生活習慣が眠りに与える影響を、自分の数字で確かめられることです。一般論としては知っていても、自分の身体でどれくらい影響が出るかは人によってかなり違います。
2週間の「1つだけ変える」実験
私が勧めているのは、1つの習慣だけを2週間変えて、前の2週間と数字を比べる方法です。例えば次のような実験です。
- 夜のトレーニングを就寝3時間前までに終える ― 寝つくまでの時間と中途覚醒がどう変わるか
- 平日の飲酒をゼロにする ― 安静時心拍数と、夜の後半の中途覚醒の変化
- カフェインを14時までにする ― 寝つくまでの時間
- 寝る90分前の入浴を毎日にする ― 寝つきと総睡眠時間
- 寝室の温度を1〜2度下げる ― 中途覚醒の回数。9月末はエアコンをやめるかどうかの境目で、ここが大きく変わる方が多い
ポイントは、同時に2つ以上を変えないこと。両方変えて良くなっても、どちらが効いたのか分からず、次に活かせません。
減量期は「眠りの数字」が食欲の先行指標になる
減量中は、睡眠が削られた翌日に間食が増え、その翌日の体重が動きます。トラッカーで前夜の睡眠時間が短いと分かっている日は、あらかじめ間食を用意しておく、ジムでの追い込みを控えるなど、先回りの対策が打てます。睡眠と食欲の関係は睡眠不足で太る理由 ― ホルモンで分かる睡眠とダイエットで詳しく書いています。
高強度の日と休養日を、数字で振り返る
脚の日やデッドリフトの日の翌朝は、心拍数が上がり、睡眠時間が長めに出る方が多いです。これは身体が回復に時間を使っている証拠で、悪いことではありません。逆に、追い込んだのに睡眠時間が短く、心拍数も高いまま翌日を迎えているなら、疲労が積み上がっているサインです。そういう週は、夜の睡眠を削らずに午後を立て直す昼寝も有効で、使い方は昼寝は最強の回復ツール ― パワーナップの正しいやり方にまとめています。
数字に振り回されないための5つのルール
トラッカーを使い始めた方の一部は、数字を気にするあまり、かえって眠れなくなります。「今日はスコアが低かったから疲れているはずだ」と思い込んで1日中だるくなる、寝る前に「今夜こそ良い数字を」と力んで寝つけなくなる。避けるための5つのルールです。
① 朝一番にスコアを見ない
起きてすぐの気分は、スコアではなく自分の身体の感覚で決めてください。数字は朝食後か、通勤中に見るくらいでちょうどいい距離感です。
② 単日ではなく週単位で見る
1日の悪い数字には、たまたま寝返りが多かった、センサーがずれていた、といった理由が混ざります。7日平均で下がっているときだけ対処します。
③ 悪かった日の原因は1つに絞る
「飲んだ」「遅い時間に食べた」「布団でスマホを見ていた」のうち、思い当たる原因を1つだけメモしておきます。原因の候補が溜まっていくと、自分の眠りの弱点が見えてきます。
④ 数字を良くしようとしない。行動を守る
目標は「スコア85点」ではなく、「0時までに布団に入る」「起床は6時半で固定」のような行動です。行動が守れていれば、数字は後からついてきます。
⑤ 2週間試して合わなければ外す
つけていること自体がストレスになる方は、無理に続ける必要はありません。トラッカーは手段であって目的ではありません。外しても眠りが良い方は、それで正解です。
トラッカーを使わずに「見える化」する方法 ― 紙の睡眠日誌
実は、道具がなくてもかなりのことが分かります。私がトラッカーを持っていない方に勧めているのは、紙かスマホのメモに毎朝3項目だけ書く「睡眠日誌」です。
- 布団に入った時刻と、起きた時刻
- 寝つくまでのおおよその時間と、夜中に目が覚めた回数
- 起きたときの体調を5段階で
これを2週間続けるだけで、「飲んだ翌日は体調が2」「休日に3時間遅く起きた翌日の月曜は必ず1」といった傾向が見えてきます。
トラッカーが向いている人・向いていない人
- 向いている人 ― 生活リズムの乱れを自覚していない人、減量や大会準備で体調を数値で管理したい人、習慣を変えた効果を確かめたい人
- 向いていない人 ― 数字で不安になりやすい人、すでに睡眠に強い悩みがある人。トラッカーは診断の道具ではないので、日中の強い眠気が続く、大きないびきや呼吸が止まると指摘されたことがある、といった場合は、数字を眺める前に医療機関に相談してください
よくある質問
Q. 睡眠トラッカーの睡眠ステージ(深い睡眠・レム睡眠)はどのくらい正確ですか?
参考程度と考えてください。腕時計型やリング型は脳波ではなく、身体の動きや心拍のパターンから眠りの深さを推定しているため、深い睡眠やレム睡眠の判定は機種や日によって大きくぶれるといわれています。同じ夜を2つの機器で測って結果が食い違うことも珍しくありません。一方で、就寝時刻・起床時刻・総睡眠時間は比較的信頼できます。単日のステージの割合で一喜一憂せず、就寝と起床の時刻、週平均の睡眠時間、安静時心拍数の傾向という3つを中心に見るのが、トラッカーの賢い使い方です。
Q. 睡眠スコアが低い日は、筋トレを休んだほうがいいですか?
スコアだけで休む・休まないを決める必要はありません。スコアは各社独自の計算で、1日の数字には測定のぶれも含まれます。私が目安にしているのは、安静時心拍数がいつもより5〜10拍ほど高い状態が数日続いている、週平均の睡眠時間が6時間を切っている、身体のだるさが明らかにある、のうち2つ以上が重なるときです。その場合はその日の重量を落とすか、軽めのメニューに切り替えます。逆に、スコアが低くても身体が軽いなら、予定どおり行って構いません。数字より、行動と体感を優先してください。
Q. 睡眠アプリやトラッカーを使うと、かえって眠れなくなることはありますか?
あります。数字を気にしすぎて「良いスコアを取らなければ」と力み、寝つきが悪くなる方は実際にいます。近年はこうした状態を指す言葉があるほどです。対策は、朝一番にスコアを見ない、単日ではなく週単位で見る、目標を「スコア」ではなく「0時までに布団に入る」のような行動に置く、の3つです。2週間続けても数字が気になって眠りが悪くなるなら、外して構いません。トラッカーは手段であって目的ではなく、外して眠りが良くなるなら、それがあなたにとっての正解です。
まとめ ― 数字は「行動を確かめる」ためにある
- トラッカーが測っているのは脳ではなく、動きと心拍からの推定。就寝・起床時刻と総睡眠時間は信頼でき、睡眠ステージとスコアは参考程度
- 見る数字は3つだけ。就寝・起床時刻のばらつき、総睡眠時間の週平均、安静時心拍数の傾向
- 選ぶ基準は精度より「毎晩つけ続けられるか」。手持ちのスマートウォッチで十分なことが多い
- 習慣は「1つだけ変えて2週間」。自分の身体で実験すると、一般論が自分の数字に変わる
- 数字を良くしようとせず、行動を守る。朝一番にスコアを見ない、週単位で見る、合わなければ外す
- 道具がなくても、毎朝3項目の睡眠日誌で傾向はつかめる
今日の行動の一歩は、今夜から2週間、起床時刻を固定して記録することです。トラッカーがあればそのまま、なければ枕元のメモに時刻と体調を書くだけで構いません。2週間後に週平均とばらつきを眺めれば、あなたの眠りの「いまの形」が見えてきます。数字はそこからの改善を確かめるためにある。その順番さえ間違えなければ、トラッカーは身体づくりの心強い味方になります。
